樽に住む凡人

「樽に住む哲人」ディオゲネスは地位や物質的な豊かさに見向きもせず、何ものにもとらわれずに真理を追求した。本ブログはディオゲネスにはなれない凡人が時事について思索を巡らせる場である。

冬季オリンピックから考える共感・感動の仕組み/ミラーニューロン

冬季オリンピックが閉幕しましたね。今回の開催地はイタリアだったので、主要な試合が深夜過ぎになることも多く、すべてをライブで観戦するのは難しかったのではないでしょうか。それでも、普段それほどスポーツを観ない人でも、4年に1度の祭典となるとつい盛り上がってしまいますね。

日本で特に話題になったのは、フィギュアスケート・ペアの“りくりゅうペア”でした。私は録画でしたが、ショートプログラムでの手痛いミスに悔しがる姿には胸が締め付けられ、フリーでの完璧な演技の後に泣き崩れる姿には感動ものでした。

でも、自分が滑っているわけでもないのに、他人の成功や失敗で涙が出るほど心が動かされるのは、一体なぜなのでしょうか。「人間だもの、共感するよね」で片付けてしまうのも味気ないので、少しだけ深掘りしてみたいと思います。

ミラーニューロンとは

私たちの脳には「ミラーニューロン」と呼ばれる神経細胞があると言われています(厳密にはサルで発見されたもので、ヒトにおける存在や機能についてはまだ議論が続いています)。これは、他人の行動や感情を見るだけで、まるで自分が体験しているかのように脳が反応する細胞のこと。他者への共感や、真似をして学ぶ「模倣学習」に深く関わっていると考えられています。つまり、選手が喜んだり悔しがったりする姿を見ることで、私たちの脳内でも選手と同じような感情回路がスイッチオンになっているのかもしれない、というわけです。

このミラーニューロンの機能については、「共感のすべてを説明できるわけではない」という慎重な意見もありますが、選手と同じ気持ちになって一喜一憂してしまう現象に、一つのヒントをくれている気がします。

ミラーニューロンから説明すれば、今回のりくりゅうペアやスノーボード、スキー、ジャンプ、カーリング、アイスホッケーなどで、選手と同じ気持ちになって心が動かされたことも合点がいきますね。これはスポーツだけでなく、映画、ドラマ、フェス、読書などで感動するのも同じ仕組みかもしれませんね。

「もし、他人の行動を見て自分の脳が反応し、そこから何かを学んでいるのだとしたら……。」私たちは現実の世界だけでなく、SNSなどのネット空間でも、知らず知らずのうちに他人の体験に深く共感しています。できることなら、トゲトゲした言葉よりも、ポジティブで心温まる体験をたくさん脳に届けてあげたいものですね。

御朱印のフリマでの「転売」、どう考えますか?

最近、実家が神社である芸人の狩野英孝さんが、御朱印の転売について「売るのをやめてほしいし、買わないでください」とコメントをされているニュースを見ました。

確かに神社側の視点に立つと、御朱印やお札は単なる「モノ」ではなく、神様との縁や参拝の証。それがビジネスの道具として扱われるのは、あまり気持ちの良いことではありませんよね。

実際にネットで調べてみると、多くの寺社がホームページで「授与品の転売禁止」を明記しています。おそらく現地の授与所にも、同じような張り紙が増えているはずです。

転売は「悪」と言い切れるのか?

転売を否定する意見の多くは、「信仰の対象を営利目的で扱うのは不謹慎だ」という倫理的な視点に基づいています。一方で、買う側の事情を想像してみると、少し景色が変わってきます。

  • 「遠すぎてどうしても行けないけれど、どうしても縁を結びたい」
  • 「行けない事情があって代理で購入してもらうことで救われる気持ちがある」

こうした思いがあるからこそ、需要が生まれているのも事実です。

例えば、大切に集めていた御朱印帳を、捨てるくらいなら誰かに譲る(あるいは売る)のは、本当に悪いことなのでしょうか?また、古物商が扱う場合、法的に禁じられているわけでもありません。

信仰の形とキャッシュレス

最近では「お賽銭のキャッシュレス化」の話題もあります。寺社側は「目の前で送金してほしい」としていますが、仕組み上は自宅からでも可能です。もし自宅からお賽銭を送ったとしても、「神様を敬う気持ち」に変わりがなければ、信仰上は矛盾しないようにも思えます。

結局のところ、私個人の意見としては、御朱印の転売は「絶対に悪だ」と一概に決めつけることはできないのかもしれません。罰当たりの考えでしょうか。

ヤフオクなどで「御朱印」「お守り」と検索すると、驚くほど多くの出品が出てきます。この現状を、皆さんはどう捉えますか?

16歳未満のSNS利用制限、日本でも議論が必要?オーストラリアの事例から考える

モバイル社会研究所の調査(2025年11月)によると、SNSの利用率は小学高学年で62%、中学生ではなんと95%に達しているそうです。「なんとなく多いな」とは思っていましたが、中学生のほぼ全員が使っているという数値を見ると、少し怖さも感じてしまいます。 調査・研究~モバイル社会研究所で実施している~

SNSには、過剰な承認欲求やネット依存、いじめ、詐欺、不適切な情報の拡散など、挙げればきりがないほどの「負の側面」があります。これらを、まだ成長過程にある10代の子どもたちに「ネットリテラシー(知識や判断力)を持って使いなさい」の一言で任せてしまうのは、少し酷な気がします。

出典: NTTドコモ モバイル社会研究所ホームページ

世界で動き出した「SNS制限」

実は、オーストラリアでは大きな動きがありました。2025年11月に、16歳未満のSNS利用を禁止する法律が可決されたのです(施行は2026年後半予定)。

日本でこうした議論をすると「大人が勝手に子どもの居場所を奪うな」という声も聞こえてきそうです。もちろん居場所は大切ですが、子どもを守るために、危険な場所に大人が立ちはだかるのは当然の役割ではないでしょうか。リスクを完全に取り除くのが難しいからこそ、リテラシーという言葉だけで片付けず、国レベルでの議論が必要な時期に来ているのかもしれません。

「ありのまま」の落とし穴

最近の流行りでは「BeReal.(ビーリアル)」というアプリも注目されています。内側と外側のカメラで同時に撮影し、「加工なしの日常」をシェアする仕組みだそうです。

出典: NTTドコモ モバイル社会研究所ホームページ

日常を共有する楽しさは分かりますが、自分の顔や居場所がネットに載るということは、たとえ後で消したくても「スクリーンショット」などで誰かの手元に残り続けるリスクがあります。「自分をどう守るか」という自己責任の感覚がしっかり身についてからでも、遅くはないはずです。

SNSを否定するわけではありませんが、「こんなリスクもあるんだ」と一度立ち止まって考えてから、上手に付き合っていきたいものですね。

まとめ:「リテラシー万能主義」の皆様へ

結局のところ、問題が起きるたびに「リテラシーを教育しよう」と繰り返すのは、丸腰で戦場に送り出す言い訳を探しているだけではないでしょうか。フィルターもかかっていない、安全装置もない空間に子どもを放り投げておいて、「あとは自己責任でね」なんて、大人の怠慢と言われても否定できないかもしれませんね。

花粉ゼロのスギが誕生!でも、それだけで花粉症はなくなるの?

花粉症の方には本当にきつい季節がやってきましたね。 環境省の調査(2019年)によると、今や日本人の約42.6%が何らかの花粉症を抱えており、スギ花粉症に限っても約3人に1人にのぼると推定されています。もはや国民病と言っても過言ではありません。

そんな中、先日Yahoo!ニュースで記事「花粉ゼロ!“夢の”スギの木の母樹が7本誕生!東京都育成の「心晴れ不稔1号」花粉症患者の救世主となるか」を見かけました。 東京都が、13年かけて、花粉を一切出さない「無花粉スギ」の母樹を7本まで増やしたというニュースです。その名も『心晴れ不稔1号』。今後、年間10万本の苗木生産を目指すとのことで、まさに「救世主」として期待されています。

研究者の方々の努力には本当に頭が下がります。 ただ、これだけで花粉症が根本的に解決するかというと、少し疑問があります。 というのも、現代になって急に花粉症が増えた理由には、諸説あるからです。

  • 戦後のスギの大量植林
  • 住環境の変化(衛生仮説:きれいすぎる環境)
  • 腸内細菌の変化
  • 大気汚染の影響、など

もし「スギの多さ」だけが原因なら、日本特有の問題のはずですが、実は世界でも人口の2〜3割が花粉症に悩んでいると言われています。つまり、「花粉を減らす」のは、見えている外傷(原因)に絆創膏を貼るような対症療法の一つであり、私たちの体質(アレルギー反応)そのものが変わってしまった原因を突き止めない限り、本当の終止符は打てないのかもしれません。

私自身、今は花粉症ではありませんが、食物アレルギーを持っています。江戸時代の人にはなかった反応が、なぜ現代の私たちに起きるのか。その謎が解ける日が待ち遠しいですね。

花粉症

衆院選選挙結果で考える。これからの「日本の政治」との付き合い方

今回の衆議院選挙、自民党が316議席を獲得するという圧倒的な結果になりましたね。 この結果は、自民党という組織そのものへの支持というより、「高市さんなら何かを変えてくれるかも」という期待の表れだと感じた方も多いのではないでしょうか。

単独で3分の2(310議席)を超える議席を確保したことで、「これから政治が強引に進んでしまわないか?」と不安を感じる声も耳にします。でも、これほどまでにリーダーシップを期待される総理大臣が登場したことは、一つの「希望」として捉えてもいいのかもしれません。

一方で、気になるのは野党の動きです。 野党第一党だった中道改革連合が議席を減らしたことは、これからの日本に「新しい、信頼されるリベラル」が生まれるための、一つのステップだったと考えることもできるはずです(少し偉そうな言い方になってしまって、ごめんなさい)。

自民党が完璧なわけではありませんし、時の政権に「暴走」を許してはいけません。だからこそ、保守とバランスを取れるような、骨太なリベラル勢力の台頭が待ち望まれます。今回の比例の得票数をみると中道改革連合は票を失い、その分、自民党が大きく伸ばしました。本来であれば、既存の野党が失った票が、他の頼れる野党へと選択肢へと流れることで、政治のバランスが保たれるのが理想的なのかもしれません。

今回の選挙、大雪という天候の中、投票率は前回を上回る数字を記録しました。 面倒くさいと思うなか、多くの人が投票所に足を運んだのは、「自分たちの手で政治を動かしたい」という関心の現れだとおもいます。

せっかく高まったこの関心を、選挙だけで終わらせるのはもったいない 「あの政党はどんな主張をしていたかな?」と、日常的にウォッチしていく。そんな「民間の政治ウォッチャー」が増えることこそが、本当の意味での政治参加なのかもしれませんね(重ねて偉そうで、ごめんなさい)。

ミラノ・コルティナ開会式!イタリアの芸術性とマライア登場の驚き

昨夜、遅まきながら昨夜録画しておいたミラノ・コルティナ冬季オリンピックの開会式を見ました。

一言でいうなら、さすが芸術大国イタリア! ダンスや歌、そしてジェスチャーの小芝居、舞台演出のセンスが抜群、それと国連平和大使のシャーリーズ・セロンさんの登場など、最初から最後まで飽きさせない面白さがありました。。

そんな中で、今回一番の驚き(そして議論の的?)になりそうなのが、世界的な歌姫マライア・キャリーさんの登場ではないでしょうか。 「イタリアの祭典になぜアメリカのスターが?」と不思議に思った方も多かったはず。前回のパリ大会でも似たような演出がありましたし、世界的な話題性というビジネス面を考えれば、これも一つの「お祭り」としてアリなのかもしれませんね。

ただ、正直な感想を言ってしまうと……彼女のパフォーマンス、少し「口パク」っぽく見えてしまったのが残念でした。 その後に登場した盲目のテノール歌手や、圧倒的な声量を響かせた女性オペラ歌手の方々の「生」の迫力と比べてしまうと、どうしても違和感が拭えなかったというか……。 とはいえ、マライアさんにもコンディションや演出上の事情があったのかもしれません。そこはスーパースターゆえの難しさでしょうか。

ともかく、いよいよ競技が本格的に始まります! 全力で日本を応援しましょう。

ガンバレ!日本! Forza Giappone!(フォルツァ・ジャポーネ!)

ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが開幕しますね!

いよいよ今日、2月6日からミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが開幕しますね!

スノーボードやスキージャンプ、モーグル、スピードスケート、フィギュアスケート……。さらにはクロスカントリーやアルペン競技、カーリングなど、注目競技が目白押しです。個人的には、北米プロアイスホッケーリーグ(NHL)の選手たちが参戦(Olympic Channel)するのも、今から楽しみで仕方がありません。

ただ、少しだけ複雑な思いもあります。 今回も軍事侵攻の影響で、国として参加できない国があること。この状況を思うと、心の底から100%手放しで楽しめないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今大会でも、一定の条件を満たせば「個人の中立選手(AIN)」として参加が認められていますが、選手の立場に立ってみれば、どれほどの覚悟とモチベーションでこの舞台に立っているのか……。

ロイター通信(2025年11月28日付)によると、フィギュアスケートではロシアのアデリア・ペトロシャン選手、ピョートル・グメニク選手、ベラルーシのビクトリア・サフォノバ選手らが承認されたとのこと。資格審査委員会によって、軍との関連や戦争への支持がないか厳格に確認された上での出場となります。

今回承認されたのはいずれもフィギュアスケート選手で、ロシアから女子のアデリア・ペトロシャン、男子のピョートル・グメニク、ベラルーシから女子のビクトリア・サフォノバ。両国出身で出場資格基準を満たした選手は、資格審査委員会からロシア軍との関連性やウクライナ戦争への支持の有無などが確認される。いずれの場合も該当者は出場できない。(下線は筆者による)

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